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名古屋地方裁判所 昭和55年(む)758号 決定 1980年10月15日

主文

本件準抗告を棄却する。

理由

一、本件準抗告申立の趣旨及び理由は、弁護人内藤義三作成の準抗告申立書記載のとおりであるから、これを引用するが、要するに、本件においては、証拠保全の必要性が十分疎明されているのに、その疎明がないとして、証拠保全の請求を却下した原裁判は、不当であるから、原裁判の取消を求める、というのである。

二、よつて、案ずるに、一件記録によれば、原裁判は、簡易裁判所裁判官のなした、第一回公判期日前の証拠物の提出命令及び差押を求める証拠保全請求却下の裁判であることが明らかである。そして、弁護人は、右裁判は刑事訴訟法第四二九条第一項第二号の「押収に関する裁判」に該当すると主張するのであるが、右「押収に関する裁判」とは、裁判官のなした差押、提出命令、領置をさすのであり、その前段階としての右処分を求める証拠保全請求を却下する裁判は、これに含まれないと解するのが相当であり、ほかに、法律上証拠保全請求却下の裁判に対する準抗告を許す規定も存しないから、本件準抗告は不適法である。

四、よつて、本件準抗告の手続は、その規定に違反するから、刑事訴訟法第四三二条、第四二六条第一項により、これを棄却することとし、主文のとおり決定する。

弁護人内藤義三の準抗告申立書記載の趣旨及び理由

抗告の趣旨

一 原裁判を取り消す。

二 安田尚所有に係るオートバイ(青―ま―六四一四)について、

名古屋市中区栄二丁目九番五号大栄ビル八階

株式会社東貴

名古屋支店長梶原政春

に対し、提出を命じる。

三 提出されたオートバイを押収する。

旨の裁判を求める。

抗告の理由

一 抗告の理由にあたつては、証拠を保全すべき事由があるのに、その申立を却下した場合の不服方法についてまず検討したい。

刑訴第四二〇条は判決前手続についての不服禁止を定めている。

ところで、その趣旨として説かれているところは、判決前手続についての違法は、判決自体の違法として争えば足り、独立した手続として争う必要性がないからとされている(判例、通説)。

そして法は、他方判決前手続であつても、判決を待つて争つていたのでは実益を得られないものについては、独立して上訴できる旨各種の規定をおいている。

そこで、証拠を保全すべき場合に保全の請求を却下した裁判については、右の視点から考えるとどちらに分類されるべきであろうか。

後になつて、保全すべき事由が確認されても、その時期に保全がなされず、目的物が改変していれば、最早判決においてそのことの違法をとやかく言つても全く救済にならないことが明白である。

よつて、証拠を保全すべきか否かの判断は、一般の証拠調に関する裁判(必要な証拠を取り調べず判決すれば、上訴理由となる)とは性質上明らかに異なり、不服申立の対象となると思料する。

そして、法第四二九条は、一項二号において押収に関する裁判官の裁判は準抗告の対象となる旨規定しているところ、本件の申立は実質的には押収を求める申立であり、提出命令はその手段に過ぎないから、同条の適用があると思料される。

二 原裁判の違法性について

原裁判は証拠保全の必要性について疎明がなされていないとしたものであるが、事案の性格、公知の経験則をもつて原審の資料を精算すれば、保全の必要性は十二分に疎明されていると思料する。

すなわち、まず一般的な意味における必要性については、目的物件は本件公訴の訴因をなす、衝突車輌とされているものであり、これを科学的に分析することにより、当事者の行動を相当程度客観的に捕捉できること、少なくともその可能性が大であることは、公知の経験則(物理、化学法則)により明らかであるから、この点の問題はそもそも存在しない。

第二に、公判での証拠調を待つことのできない緊急性であるが、これは、本件においては、それまでに本件オートバイが修理又は処分される危険性の判断の問題であろう。

そして、衝突して一部破損したオートバイ(念のため、写真が一〇・七付上申書に添付してある)について、今後相当期間(公判廷での取調までには二~三ヶ月はかかることが疎明されている)内に修理、処分されないことを窺わせる事実は何一つないのに対し、右のように衝突により一部破損したオートバイについては、相当期間内に修理、処分することは我々の日常生活における経験則である(そうでなければ使えないものを無為に保管することになる)。

従つて、「第一回公判―正確には検察官冒陳までには、右オートバイは修理、処分されずに保管されるであろう」と見た原裁判は、経験則に反して裁判をしたことが明らかである。

なお、民事事件におけるものであるが、証拠保全における必要性についての論稿を参照されたい。これらの考えによつても、本件における必要性は裏書されていると考えるし、さらに実体的真実主義が強調される刑事訴訟において、かつ捜査権力を有しない被告側の申立に対しては、裁判所は証拠の収集に不熱心であつては良いとは考えられない。

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